【食料システム法と適正な価格形成(第4回)】交渉の武器を持て ~法律が求める「コストエビデンス」と「努力義務」~

【食料システム法と適正な価格形成(第4回)】交渉の武器を持て ~法律が求める「コストエビデンス」と「努力義務」~

第3回までで、私たちは「食料システム法」の背景(第1回)、経営をむしばむ「どんぶり勘定」の正体(第2回)、そして、そこから脱却し「もうかる経営」を実現するための第一歩が「収支の可視化」と「生産コストの把握」であること(第3回)を確認してきました。

日々の作業日誌をつけ、品目ごと、圃場ごとに「何に」「どれだけ」かかったかを記録し始める。これこそが、自社の精密検査の始まりです。

しかし、この精密検査、つまりコストの把握は、それ自体がゴールではありません。

「わが社のトマトの原価は1kgあたり〇〇円だった」と判明しただけでは、経営は改善しません。

そのデータを「交渉の武器」として使いこなし、適正な価格転嫁を実現してこそ、初めて「もうかる経営」への道が開かれます。

そこで今回は、第1回で触れた「食料システム法」の核心の一つ、生産者に課せられた「努力義務」と、その義務を果たすための最強の武器となる「コストエビデンス」について、徹底的に解説します。

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「努力義務」とは何か? ~我慢することではありません~

「食料システム法」は、買い手(流通・実需者)に対し、「合理的な費用を考慮した価格形成」を求める(=価格転嫁に応じなさい)と促す一方で、生産者にも役割を求めています。

それが、「生産者も、合理的な費用を考慮した価格形成を行うよう努めなければならない」という「努力義務」です。

この「努力」という言葉を聞いて、

「赤字でも我慢して供給し続ける、精神論のことか」

「もっと必死に働いて、コスト削減に励めということか」

と、自己犠牲やさらなる「頑張り」を求められると誤解してはいけません。

法律がここで求める「努力」とは、全く逆です。

「自社が生産する野菜の『合理的な費用(=コスト)』がいくらなのかを、客観的に把握・算出し、それを取引相手(買い手)に論理的に説明する努力」

を指します。

つまり、第3回で述べた「収支の可視化」と「生産コストの把握」を行うこと、そのために「何を記録すべきか」を考え実行すること、それ自体が、この「努力義務」の第一歩なのです。

なぜ「どんぶり勘定」では義務を果たせないのか

この「努力義務(=説明する努力)」の観点から、第2回で指摘した「どんぶり勘定」がいかに致命的かが分かります。

法律が「合理的費用を説明しろ」と求めているのに、自社のコストが「どんぶり勘定」では、説明しようがありません。

価格交渉のテーブルで、以下のようなやり取りを想像してみてください。

交渉の失敗例(証拠なし)


生産者: 「いやあ、社長。今年は肥料も燃料も高くて、本当に苦しいんです。うちのほうれん草、なんとか1割値上げしてもらえませんか? お願いしますよ」

買い手: 「お気持ちは分かります。ですが、苦しいのはうちも同じです。それに、消費者が値上げを受け入れてくれません。具体的な根拠がないと、うちも上を説得できなくて…。申し訳ないですが、価格は据え置きでお願いします」


これは「交渉」ではなく「お願い」です。

何の証拠も示さず、「苦しいから助けてほしい」という感情論に終始しています。これでは、買い手も「ビジネス」として対応できません。

この「お願い」を、法律が求める「努力」のレベル、すなわち「ビジネスとしての交渉」に引き上げるものこそが、「コストエビデンス」なのです。

最強の武器=「コストエビデンス(費用の証拠)」

コストエビデンスとは、その名の通り「費用の証拠」です。

第3回で「まずは記録から」と述べた、その「記録」と「データ」こそが、コストエビデンスの原石です。

皆様が日々記録する作業日誌、購入する資材の伝票、パートさんのタイムカード。これらを品目別・圃場別に集計・分析し、「なぜ、この価格が必要なのか」を客観的に証明する資料に仕立て上げたもの。それがコストエビデンスです。

具体的には、以下のようなデータが「コストエビデンス」となります。

  • 品目別・圃場別の原価計算書:
    • その野菜1ケース(または1kg)を作るのに、何円かかったか。
  • 費用の内訳(変動費と固定費):
    • 変動費(種苗費、肥料代、農薬代、パート人件費、包装資材費 など)
    • 固定費(正社員人件費、地代、ハウスの減価償却費、機械のリース料、保険料など)
  • コスト上昇の具体的データ:
    • 「昨年度に比べ、〇〇という肥料が△△%値上がりした」
    • 「最低賃金の上昇に伴い、収穫作業の労務費が1ケースあたり□□円増加した」
    • 「燃料費高騰により、ハウス加温コストが10aあたり〇〇円増加した」

これらの「データに基づく主張」の準備こそが、私たちの「努力義務」です。

「努力義務」とは、武器を準備する「宿題」

これらの「証拠」をそろえた上で、交渉のテーブルに着くとどうなるでしょうか。

交渉の成功例(証拠あり)


生産者: 「社長、本日はお時間をいただきありがとうございます。来作のほうれん草の価格についてご相談です。こちらが、当社の今期のコスト分析データです(資料を提示)」

買い手: 「ほう、詳細なデータですね」

生産者: 「ご覧の通り、燃料費が前期比〇〇%、包装資材が〇〇%上昇した結果、ほうれん草1袋あたりの生産コストが、昨年のXX円からYY円へと、〇〇円増加しています。これは、もはや当社の企業努力で吸収できる範囲を超えています」

買い手: 「なるほど…。これだけ明確な内訳を見せられると、状況はよく分かりました」

生産者: 「法律(食料システム法)の趣旨にもある通り、持続的な供給をさせていただくためにも、この増加分〇〇円を反映した価格(ZZ円)でのお取引をお願いしたいと考えています。ご検討いただけますでしょうか」


いかがでしょうか。

「お願い」が「説明責任を伴う提案」に変わりました。

「コストエビデンス」とは、感情論を排し、買い手(取引先)と対等な立場で論理的に対話するための、唯一無二の武器なのです。

「食料システム法」は、生産者が価格転嫁をしやすくするための「追い風」であり、交渉の「盾」となる法律です。

しかし、その法律の恩恵を受けるためには、生産者自身が「宿題」を果たす必要があります。

その「宿題」こそが、「自社のコストを正確に把握(記録・データ化)し、コストエビデンスとして整理・準備すること」であり、これが法律の言う「努力義務」の正体です。

武器を持たずに交渉の場に行っても、法律はあなたを守ってくれません。

自社の経営実態(=コスト)という「弾丸」をデータ化し、「コストエビデンス」という「武器」に込める作業。それこそが、今、すべての経営者に求められています。


次回(第5回)は、この準備した「武器(コストエビデンス)」を、いつ、どこで、どのように使えば最も効果的なのか。「価格協議・価格交渉の実践術」について、具体的に解説します。

執筆者情報

株式会社ユニリタ アグリビジネスチーム

株式会社ユニリタ
アグリビジネスチーム

ユニリタのアグリビジネスチームのメンバーが執筆しています。

日々、さまざまな農家さまにお会いしてお聞きするお悩みを解決するべく、農業におけるデータ活用のノウハウや「ベジパレット」の活用法、千葉県に保有している「UNIRITAみらいファーム」での農作業の様子をお伝えしていきます。

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