
【食料システム法と適正な価格形成(第2回)】 「作ってももうからない」の正体 ~生産者が直面するコスト増の現実~
第1回では、新たな「食料システム法」が、これまでの市場原理任せではなく、生産にかかった「合理的費用(コスト)」を考慮した価格形成を求めていること、そして生産者側にも、そのコストを把握し説明する「努力義務」が課されたことを確認しました。
とはいえ、現場の感覚としては「法律はそう言うが、現実は甘くない」というところではないでしょうか。
「コストが上がっているのは事実だが、それを価格に転嫁しようとすると、取引先から渋い顔をされる」
「結局、買いたたかれてしまうのではないか」
こうした不安を感じてしまうのはなぜなのでしょうか。
今回は、「生産者に直接関係する具体的な問題」を改めて整理するとともに、なぜ価格交渉がうまくいかないのか、その最大の要因である「どんぶり勘定の限界」と「見えないコスト」について深掘りします。
見えている現実:逃れられない「具体的なコスト増」
皆様が日々、請求書を見るたびにため息をついておられるコスト増。これらは、もはや個社の経営努力ではどうにもならない「外部要因」です。
1. 資材高騰(肥料、農薬、燃料)
数年前と比較して、窒素・リン酸・カリといった肥料価格がどれほど高騰しているか、皆様が一番ご存じのはずです。ハウス栽培の暖房に使う重油・灯油、農業機械を動かす軽油、そして包装資材やダンボールに至るまで、あらゆるものが値上がりしています。これらは品質と収量を維持するために絶対に削れないコストです。
2. 人件費の上昇
農業分野の人手不足は深刻さを増す一方です。人材を確保するためには、他産業に見劣りしない賃金水準が求められます。毎年のように引き上げられる最低賃金への対応はもちろん、法人経営であれば社会保険料の負担も加わり、人件費は固定費として確実に経営を圧迫し続けています。
3. 物流コスト(2024年問題)
トラックドライバーの労働時間規制強化、いわゆる「2024年問題」の影響は、野菜のような生鮮品輸送にこそ直撃しています。運賃の値上げ要請だけでなく、これまで通りのリードタイムや頻度での集荷が難しくなるケースも出てきており、物流コストは「上がる」か「サービスの質が下がる」かの二択を迫られています。
4. 異常気象によるコスト増
毎年のように発生する豪雨、猛暑、水不足。これらは、単に収量が減る(=売り上げが減る)だけでなく、対策(遮光資材、灌水設備の追加など)や修復(圃場の整備、ハウスの補修など)のための「余計なコスト」を発生させます。
これら4つのコスト増は、誰の目にも明らかです。
生産者は、これらのコスト増に直面しながら、どのように「収支の悪化」から抜け出せばよいのでしょうか。
「作ってももうからない」本当の理由:どんぶり勘定の限界
「今年は資材が高いから利益が減った」
「人件費がかさんだから苦しい」
こうした感覚は、経営者として当然のものです。
では、皆様に質問です。
- 質問1: 貴社が栽培している野菜(例:トマト、ほうれん草、にんじん)の中で、「一番もうかっている品目」と「一番もうかっていない(あるいは赤字の)品目」はどれですか?
- 質問2: それは、「なぜ」もうかっている、あるいはもうかっていないのですか?(例:単価が良いから? 労働時間が短いから? 資材費が安いから?)
- 質問3: A圃場とB圃場、どちらが「10a(1反)あたりの利益」が高いですか?
もし、これらの質問に「なんとなく」や「勘」ではなく、「データ(数字)」に基づいて即答できない場合、その経営は「どんぶり勘定」に陥っている可能性があります。
「どんぶり勘定」とは、会社全体(=どんぶり)の売り上げと支出しか見ていない状態です。
決算書を見れば、会社全体が黒字か赤字かは分かります。しかし、「もうからない」真の原因がどこにあるのかを特定できません。
例えば、極端な例ですが以下のようなケースは多く見られます。
<ケース:どんぶり勘定のわな>
トマトとほうれん草を生産している法人。
決算上は、会社全体で「トントン(わずかに黒字)」。
【真実】
データで分析すると、
- トマト:手がかかり資材費も高いが、単価も良く「大きな黒字」
- ほうれん草:収穫・調整作業に想定以上の人件費がかかっており、実は「大きな赤字」
【結果】
会社全体では「トントン」なので、経営者は「まあ、こんなものか」と、来年も同じようにほうれん草の作付けを続けてしまいます。
ほうれん草を作れば作るほど、トマトが生んだ貴重な利益が食いつぶされているという事実に気づかないまま、いつまでも「もうからない」と嘆くことになるのです。
これが「どんぶり勘定」の最大の恐ろしさです。
「作ってももうからない」正体とは、外部要因のコスト増だけではなく、自社経営の内部にある「赤字部門」を把握できていないことにあるのかもしれません。
あなたは把握していますか? 2つの「見えないコスト」
どんぶり勘定の状態では、さらに厄介な「見えないコスト」の存在にも気づけません。価格交渉のテーブルで説明すべき「合理的費用」には、当然これらも含まれます。
1. 減価償却費という「未来への投資コスト」
トラクター、選別機、冷蔵庫、ビニールハウス。法人経営では、これら高額な設備は「減価償却費」として、耐用年数にわたって毎年コスト計上されます。
しかし、減価償却費は「その年にお金が出ていく支出」ではありません。そのため、日々の資金繰りに追われていると、このコストの存在を忘れがちです。
価格交渉の場で、「燃料代が上がって苦しい」とは言えても、作付けのために「新規投資した機材の費用」については、なかなか言いにくいのではないでしょうか。
ですが、このコストを価格に転嫁できなければ、私たちは10年後、20年後に設備を更新する資金をためることができません。つまり、「見えないコスト」を無視することは、未来の経営(=持続可能性)を自ら放棄することに等しいのです。
2. 経営者・家族の「正当な報酬」
法人化しているとはいえ、経営者ご自身やご家族が、現場作業から経営管理まで長時間働いているケースは多いはずです。その際、「役員報酬」や「給与」は、その労働時間に見合った適正な金額になっていますか?
「会社が苦しいから、俺(社長)の給料は後回しだ」
「家族だから、残業代は曖昧になっている」
もしそうなら、それは本来払うべき「人件費」をコストとして計上していないのと同じです。
その「見えない犠牲」の上で成り立っている黒字は、本当の黒字ではありません。
「どんぶり勘定」では交渉に勝てない
第1回でお話しした「食料システム法」が求める「合理的費用」。
この「見えないコスト」を含め、自社のコストを正確に把握していない(=どんぶり勘定の)状態で、買い手との価格交渉に臨んだらどうなるでしょうか。
生産者: 「燃料も肥料も全部上がって苦しい。だから、トマトの価格を1割上げてほしい」
買い手: 「苦しいのは分かります。ですが、弊社も厳しい。具体的に、トマト1kgあたり、何(肥料?燃料?人件費?)が、いくら上がったのですか? その根拠(データ)を見せてください」
この時、明確な「コストの根拠」を示せなければ、「他社は据え置きで頑張っていますよ」「消費者が値上げを受け入れません」という反論に押し切られ、結局は「例年通り」の価格で妥協せざるを得ません。
「作ってももうからない」正体。
それは、外部からのコスト増の波と、それに立ち向かうための「自社の正確なコストデータ」を持っていないという内部の弱さ、この二つが組み合わさった結果なのです。
では、この「どんぶり勘定」から脱却し、経営の「健康診断」を行うためにはどうすればよいのか。
次回(第3回)は、「持続可能」とは「もうかる」ことであると定義し、そのために不可欠な第一歩、「収支の可視化」について、具体的な手法を解説していきます。
執筆者情報

株式会社ユニリタ
アグリビジネスチーム
ユニリタのアグリビジネスチームのメンバーが執筆しています。
日々、さまざまな農家さまにお会いしてお聞きするお悩みを解決するべく、農業におけるデータ活用のノウハウや「ベジパレット」の活用法、千葉県に保有している「UNIRITAみらいファーム」での農作業の様子をお伝えしていきます。