
【食料システム法と適正な価格形成(第3回)】 「持続可能」とは「適正な利益を得る」こと ~経営の"健康診断"としての収支の可視化~
第1回では、新たな「食料システム法」が生産コストを価格に反映させる「適正な価格形成」を後押ししていること。
第2回では、それにもかかわらず生産者が「もうからない」と感じる正体が、外部環境のコスト増に加え、経営内部の「どんぶり勘定」や「見えないコスト(減価償却費など)」の放置にあることを確認しました。
経営全体では黒字に見えても、実は「赤字の品目」が「黒字の品目」の利益を食いつぶしている。そんな恐ろしい事態に気づけないのが「どんぶり勘定」のわなです。
では、このわなから抜け出し、法律が求める「合理的費用」を堂々と主張できる経営体質に変わるには、何から手をつければよいのでしょうか。
今回のキーワードは「収支の可視化」です。
これは、まさに「どんぶり勘定」の対極にある経営手法であり、「持続可能な農業経営」を実現するための、最も重要かつ基本的な第一歩です。
経営者が向き合うべき「持続可能性」
「持続可能な農業」と聞くと、皆様はまず何を思い浮かべるでしょうか。
環境保全型農業、有機栽培、JGAPの取得、CO2削減……。もちろん、これらは「みどりの食料システム戦略」でも求められる重要な取り組みです。
しかし、「法人経営者」が、それらと同じか、あるいはそれ以上に真剣に向き合わなければならない「持続可能性」があります。
それは、「経済的な持続可能性」です。
極端な話、どれほど環境に優しい農法を実践しても、経営が赤字であれば、来年の作付けはできません。従業員に給与を払うことも、新しい設備に投資することも、後継者を育成することもできません。赤字の事業は「持続不可能」です。
つまり、法人農家にとって、「持続可能な農業経営」とは、第一に「適正な利益を出し続ける経営」、すなわち「もうかる経営」である、と定義し直す必要があります。
利益なき持続はありえません。
この「もうかる経営」を実現するために行う最初の行動が、「収支の可視化」なのです。
経営の"健康診断"としての「収支の可視化」
「収支の可視化」とは、一言でいえば、会社全体の「どんぶり」の中身を分解し、どこで利益が生まれ、どこで損失(赤字)が出ているかを明確に把握することです。
これは、人間の「健康診断」と全く同じです。
毎年、法人として「決算書(損益計算書)」を作成しているはずです。これは、いわば「経営全体の健康診断の結果」です。
「売上高〇〇円、経費〇〇円、利益〇〇円」
これは、「あなたは全体として『やや健康(=少し黒字)』です」あるいは「『不健康(=赤字)』です」と言われているにすぎません。
これでは、どうやって健康(=黒字)を改善すればよいか分かりません。
生産者が知りたいのは、「なぜ『不健康』なのか?」の具体的な原因です。
- 「血糖値(=品目A)の値が悪いのか?」
- 「肝臓(=圃場C)に負担がかかっているのか?」
- 「食生活(=資材費)に問題があるのか?」
- 「運動不足(=作業効率)が原因か?」
「収支の可視化」とは、この「なぜ」を突き止めるための"精密検査"です。
会社全体の数字(決算書)を見るだけでは不十分です。生産者は、その中身を分解し、「品目別」「圃場別」「取引先別」といった、より細かい単位で収支を把握する必要があります。
あなたの野菜の「本当の原価」を知っていますか?
この"精密検査"によって、生産者が最終的に把握しなくてはならない数字。
それが、「生産コスト(原価)」です。
第2回で、赤字のほうれん草が黒字のトマトの利益を食いつぶしている例を挙げました。
なぜ、このようなことが起こるのか。
それは、ほうれん草1袋、あるいはトマト1kgを生産するために、「本当はいくらかかっているのか(=生産コスト)」を正確に把握していないからです。
- 把握しているつもり(勘):
「ほうれん草は単価が安いけど、回転が速いから『なんとなく』もうかっているはずだ」 - 可視化された真実(データ):
「洗浄・袋詰め作業に思ったより人件費(パート代)がかかっており、1袋あたり〇〇円の赤字だった」
この「なんとなく」と「真実」のギャップを埋めるのが「可視化」です。
皆様の法人の主力品目について、「10aあたり、あるいは出荷1ケース(1kg)あたりの損益分岐点(=これ以上で売れれば黒字になるライン)」を即答できるでしょうか。
また、そのコストの内訳(肥料、人件費、減価償却費)を説明できるでしょうか。
この「生産コストの把握」ができていなければ、いくら「食料システム法」が「合理的費用を考慮しろ」と言っても、その「合理的費用」自体を説明することができません。
「なんとなく苦しい」という"感情論"では、第1回で述べた「買い手との協議」のスタートラインにすら立てないのです。
「勘と経験」から「データと記録」へ
「収支の可視化」や「生産コストの把握」というと、難解な会計知識や高価なシステムが必要だと身構えてしまうかもしれません。
しかし、その第一歩は非常にシンプルです。
それが、本コラムシリーズの最終ゴールでもある、
「まずは記録をとる」
ことです。
- どの圃場で(Where)
- 誰が(Who)
- 何時間(How long)
- どの資材を(Which)
- どれだけ使ったか(How much)
最初からすべての記録をとる必要はありません。まずは、明確にしたいコストの内容から記録を開始して、徐々に記録内容を増やす「スモールスタート」でもよいのです。記録が詳細になるとコスト情報も詳細に見えるようになります。
これらの日々の「生産日誌」の積み重ねこそが、「収支の可視化」の土台となります。まずはエクセルやノート、あるいは市販の安価なアプリでも構いません。
大切なのは、皆様が長年培ってきた「勘と経験」による経営判断(これは非常に重要です)に、「記録(データ)」という客観的な裏付けを加えることです。
「どんぶり勘定」から脱却し、自社の経営の"健康状態"を正確に把握すること。
それが「持続可能な(=もうかる)」経営への第一歩であり、食料システム法が求める「価格転嫁」を実現するためのスタートラインに立つことなのです。
次回(第4回)は、こうして記録し、データ化し始めたコストを、法律が求める「努力義務」として、いかに「交渉の武器=コストエビデンス」に変えていくか、その具体的な意味について解説します。
執筆者情報

株式会社ユニリタ
アグリビジネスチーム
ユニリタのアグリビジネスチームのメンバーが執筆しています。
日々、さまざまな農家さまにお会いしてお聞きするお悩みを解決するべく、農業におけるデータ活用のノウハウや「ベジパレット」の活用法、千葉県に保有している「UNIRITAみらいファーム」での農作業の様子をお伝えしていきます。