
【食料システム法と適正な価格形成(第7回)】価値を伝え、理解を得る ~「三方よし」で築く未来の食料供給~
第4回から第6回にかけて、私たちは「食料システム法」を活かすための具体的な「武器」と「戦術」についてご紹介してきました。
日々の記録からコストを把握し(第6回)、それを「コストエビデンス」という武器に仕立て(第4回)、買い手との「対等な価格協議」に臨む(第5回)。
しかし、ここで一つ立ち止まって考えたいことがあります。
「交渉」や「武器」という言葉を使うと、どうしても「買い手=敵」と捉え、いかに論破し、こちらの要求(値上げ)を飲ませるか、という「ゼロサムゲーム(どちらかが得をし、どちらかが損をする)」の発想に陥りがちです。
ですが、取引先(買い手)は、生産者の経営にとって不可欠な「パートナー」のはずです。
生産者の目的は、パートナーを打ち負かすことではありません。
第7回のテーマは「理解」。
生産者が提示する「コストエビデンス」を、どうすれば「単なる値上げ要求」ではなく、「未来への共通投資」として理解してもらえるか。
そして、その先にある「買い手の理解」「消費者理解」を得て、真の「三方よし」の関係を築く方法について考察します。「三方よし」については『4.「三方よし」で築く持続可能な未来』で後述します。
買い手(パートナー)が抱える「ジレンマ」
第5回で実践した「対等な価格協議」。
生産者がどれほど完璧な「コストエビデンス」を提示したとしても、買い手(スーパーのバイヤー、卸売業者、加工業者など)が即座に「分かりました、すべて受け入れます」と言うことはまれでしょう。
なぜなら、彼らにも彼らの「事情」があるからです。
- 買い手のジレンマ (1) 利益の圧迫:
当然ながら、生産者からの仕入れ値(=コストエビデンスに基づく価格)が上がれば、買い手自身の利益を圧迫します。彼らもまた、自社の社員の生活を守る「経営者」です。 - 買い手のジレンマ (2) 消費者という「壁」:
買い手が最も恐れるもの。それは、仕入れ値が上がった分を販売価格に転嫁した結果、「消費者が買ってくれなくなる」ことです。棚に残った野菜は、最終的に彼らの損失となります。 - 買い手のジレンマ (3) 他産地との比較:
買い手は、皆様の法人だけと取引しているわけではありません。もし、生産者が論理的にコスト増を訴えても、他の産地が「従来価格で頑張ります」と言えば、そちらに切り替えられてしまうリスクもゼロではありません。
「データ(コストエビデンス)」は、論理的な協議の土台ですが、それだけでは「買い手の理解」、特に彼らが抱えるこれらのジレンマを解消することはできません。
「買い手の理解」を得るための翻訳
では、どうすれば「買い手の理解」を得られるのか。
それは、生産者が提示する「コストエビデンス」の意味を、買い手側のメリット(あるいはリスク回避)の言葉に翻訳して伝えることです。
翻訳(1):「値上げ」ではなく「安定供給コスト」
生産者が提示する「合理的費用」は、単なる「値上げ」ではありません。
それは、皆様の法人が来年も、5年後も、10年後も、その買い手に対して品質の良い野菜を「持続的かつ安定的に供給し続ける」ために最低限必要なコスト、すなわち「安定供給コスト」です。
もし、このコストが認められなければどうなるか。
生産者の経営が立ち行かなくなり、離農や規模縮小を余儀なくされます。その結果、買い手は「安定的で信頼できる調達先」を失うことになります。これは買い手にとって、仕入れ値が上がることと同等、あるいはそれ以上の「経営リスク」のはずです。
× 悪い伝え方: 「コストが上がったので、値上げします」
〇 良い伝え方: 「御社への安定供給を続けるため、この『合理的費用』をご負担いただく必要があります」
翻訳(2):「敵対」ではなく「パートナーシップ」
「法律(食料システム法)で決まったから」「データがこうだから」と、武器を振り回して押し付けるのは逆効果です。
そうではなく、「われわれは安定供給コストの確保という共通の課題に直面している。この困難を、パートナーとしてどう乗り越え、共に生き残っていくか、その協議をしたい」という姿勢が不可欠です。
買い手は「敵」ではありません。「持続可能な食料供給」という共通のゴールを目指す「パートナー」なのです。
「消費者理解」という、その先の「壁」
買い手(パートナー)の理解が得られたとして、最後に立ちはだかるのが「消費者」です。
買い手が恐れる「消費者が買ってくれない」という不安は、生産者にとってもひとごとではありません。
生産者は、消費者に直接「この価格には、これだけの理由(コスト)が…」と説明する機会はほとんどありません。
しかし、生産者にもできることがあります。
それは、生産者が提示する「価格」の正当性を裏付ける「価値」を、買い手と協力して消費者に伝える努力です。
- 品質という価値: 「おいしい」「新鮮」「安全」(JGAP認証なども含む)
- 背景という価値: 「生産者の顔」「栽培のこだわり」「環境への配慮(特別栽培など)」
- 持続可能性という価値: 「この野菜をこの価格で買うことが、日本の農業と食料を未来につなぐ」という、第1回で触れた「食料安全保障」への貢献。
これらの「価値」を伝えることで、消費者の価格に対する納得感(=消費者理解)は高まります。可視化されたデータ(コスト)と、可視化された価値が両輪となって初めて、適正な価格は市場に受け入れられるのです。
「三方よし」で築く持続可能な未来
近江商人の経営哲学に「三方よし」という言葉があります。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」
商売は、自分だけがもうかる「ゼロサムゲーム」ではなく、関わるすべての人が幸せになってこそ「持続可能」である、という思想です。
これは、食料システム法が目指す「持続可能な食料供給」の姿そのものです。
- 売り手よし(私たち生産者):
コストエビデンスに基づき、かかった「合理的費用」が適正に価格転嫁され、経営が安定し、未来への投資(後継者育成、設備更新)ができる。 - 買い手よし(実需者・流通):
コスト負担は増えるかもしれないが、品質の良い野菜が「安定的」に供給される。目先の安さ(買いたたき)で信頼できる生産者を失うリスクを回避できる。 - 世間よし(消費者・社会):
適正な価格を支払うことで、日本の生産基盤が守られ、未来にわたって安全・安心でおいしい野菜を食べ続けられる(=食料安全保障が確立される)。
「コストエビデンス」を提示し、「買い手の理解」を得て、適正な価格を形成すること。
それは、決して「戦い」ではなく、この「三方よし」という理想の循環を、現実世界でスタートさせるための、最も誠実な第一歩なのです。
次回(第8回)は、この「理解」をさらに強固なものにするために、単なるコスト転嫁にとどまらない、「付加価値」の創出について、具体的な方法を掘り下げていきます
執筆者情報

株式会社ユニリタ
アグリビジネスチーム
ユニリタのアグリビジネスチームのメンバーが執筆しています。
日々、さまざまな農家さまにお会いしてお聞きするお悩みを解決するべく、農業におけるデータ活用のノウハウや「ベジパレット」の活用法、千葉県に保有している「UNIRITAみらいファーム」での農作業の様子をお伝えしていきます。