【食料システム法と適正な価格形成(第1回)】 なぜ今、法律が「価格」に言及するのか? ~食料システム法と農業の現在地~

【食料システム法と適正な価格形成(第1回)】 なぜ今、法律が「価格」に言及するのか? ~食料システム法と農業の現在地~

この数年、農業経営者を取り巻く環境は、かつてないほど厳しさが増しています。ウクライナ情勢や円安に端を発する肥料・燃料・飼料の高騰だけにとどまらず、農業資材全般の値上がり、最低賃金の上昇に伴う人件費、そして物流の燃料費の高騰、トラックドライバー不足、人件費の高騰による輸送コスト増。

さらには、毎年のように「観測史上初」が飛び交う異常気象が発生しています。ゲリラ豪雨による圃場の冠水、夏の異常高温による生育不良や品質低下は、もはや「例外」ではなく「常態」となりつつあります。

生産コストが上がる一方で、天候リスクも高まっています。

そのうえ、いざ丹精込めて育てた野菜を出荷する段階になると、その価格は市場の需給バランスや長年の商慣習に大きく左右され、かかったコストを十分に転嫁できているとは到底言えない。

このような厳しい状況の中、農業の現場からは、

「良いものを作っている自負はある。だが、作れば作るほど、なぜか手元にお金が残らない」

「このままでは、老朽化した機械の更新も、新しい人材の確保・育成もままならない」

「来年の作付けをどうするか、真剣に悩んでいる」

こうした悲痛な声は、もはや一部のものではなく、日本の農業界全体を覆う「待ったなし」の現実です。この状況は、果たして“「持続可能」”と言えるでしょうか。

データ活用で農業経営を改善する方法をご紹介!時間当たり農業所得をもとに経営を改善する方法とは? ノウハウ資料をダウンロード

農業の「経営問題」にメスを入れる法改正

個々の経営努力で吸収できるレベルはとうに超えていると思われている方も少なくないと思います。

この問題はもはや、個々の農家の経営努力や才覚だけで解決できるものではありません。

この深刻な事態に対し、国もようやく重い腰を上げました。

2024年(令和6年)、国の農業政策の根幹である「食料・農業・農村基本法」が、約四半世紀ぶりに改正されました。そして、それと連動する形で“「食料システム法」(正式名称:食料供給の持続性の確保に関する法律)”が新たに施行されたのです。

「また新しい法律か。国のやることは、どうせ現場とズレている」

「法律の名前が変わったところで、明日の経営が楽になるわけではない」

そう思われる経営者の方も多いかもしれません。

しかし、今回の“「法律改正」は、これまで「聖域」とされてきた「農産物の価格形成」”という、皆様の経営に大きく関わりがある内容なのです。

本コラムシリーズは、この「食料システム法」が、農業生産法人にとって何を意味するのか、そして法律が求める「適正な価格」を実現するために、生産者は何をすべきか、その具体的な道筋を全9回にわたって解説していきます。

このコラムの最終的なゴールは、皆様の法人が“「日々の生産活動を記録・データ化し、収支を可視化することで、正確なコストを把握すること」”。

第1回は、まず「なぜ今、このような法律が必要になったのか」という背景と、生産者に求められる「新たな役割」についてひもといていきます。

「経済的な持続可能性」への大転換

今回の法改正の最大のキーワードは、“「持続可能な食料供給」”です。

これまでも「持続可能な農業」という言葉はありました。しかし、それは「みどりの食料システム戦略」に代表されるような、環境保全型農業やCO2削減といった“「環境面」の持続可能性”に重きが置かれがちでした。

もちろん、環境への配慮は重要です。しかし、どれほど環境に優しくても、経営が赤字では農業を続けることはできません。

今回の法改正が画期的なのは、この「環境面」の持続可能性に加えて、“「経済的な持続可能性」”の確保を、国の責務として明確に位置づけた点にあります。

「食料システム法」には、その決意が明確に条文として記されています。

(国の責務)

第三条 国は、食品等事業者による食品等の持続的な供給を実現するための事業活動及び当該事業活動に対する支援の事業の促進が図られるよう、必要な情報の収集、整理、分析及び提供その他の援助に努めなければならない。

2 国は、食品等の持続的な供給の実現に向け、飲食料品等の持続的な供給に要する合理的な費用の考慮及び当該持続的な供給に資する取組が促進されること等により、食品等の取引の適正化が図られるよう、必要な情報の提供その他の援助に努めなければならない。

(食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律 第3条抜粋)

要点は以下となります。

  1. 生産者を含む事業者が“「適正な収益」”を得られるようにすること。
  2. そのために、農産物の価格は、市場の需給だけでなく“「合理的な費用(=コスト)」”をちゃんと考慮したものにしなさい。そのための「適正な取引」の仕組みを作りなさい。

簡単に言えば、「生産者が赤字を被るような構造は、国の食料供給を持続可能にしない。だから、かかったコストはきちんと価格に転嫁できる仕組みを、国も後押しする」と宣言したのです。

これは、日本の農業政策における大きな転換点です。

これまで「自己責任」とされてきた価格交渉やコスト管理の世界に、国が「法律」というルールを持ち込み、生産者がコストを価格に転嫁しやすくするための「お墨付き」と「仕組み」を提供しようとしているのです。

生産者に求められる「新たな役割」

では、法律ができたからといって、明日から自動的に野菜の取引価格が上がるのでしょうか?

残念ながら、答えは「No」です。

法律はあくまで「枠組み」であり、交渉の「追い風」です。この法律をしっかりと理解し、自社の経営に活かすためには、生産者自身が果たすべき「役割」があります。

それが、同法に定められた“「生産者の努力義務」”です。

法律は、買い手(実需者や流通業者)に対して「合理的な費用を考慮する」よう求める一方で、生産者に対しても、“「合理的な費用を考慮した価格形成を行うよう努める」”ことを求めています。

これは、「資材が高騰したから値上げしてくれ」と一方的に“お願い”することではありません。

ましてや、「法律が味方だから、言うことを聞け」と高圧的に迫ることでもありません。

法律が求める「努力」とは、

「当社のこの野菜は、肥料代、人件費、管理費、物流費など、これだけの『合理的な費用』がかかっている。だから、持続的に供給を続けるためには、この価格が必要なのです」

と、買い手(取引先)に対し、“客観的な「証拠(エビデンス)」”を示し、論理的に説明し、協議する「努力」を指します。

すべては「経営の現状把握」から

この「合理的費用」を説明する義務を果たすため、法人農家が今すぐ取り組むべきこと。

それこそが、本コラムシリーズの最終ゴールである、“「自社の本当のコストを正確に把握すること」”に他なりません。

皆様の法人では、

「去年の売り上げは〇〇円だった」という会社全体の数字(どんぶり)だけでなく、

「作目や作付ごとにコストを把握するができているのか?」

といった問いに、“「データ」”にもとづいて即答できるでしょうか。

もし、少しでも「そこは、これまでの勘と経験でやっている」と感じる部分があるならば、この「食料システム法」は、自社の経営体質を根本から見直し、強化する絶好の機会となります。

法律は、生産者に「コストを可視化せよ」と強く要請しています。

この要請に応えることが、適正な価格転嫁を実現する唯一の道であり、“「持続可能な食料生産」”を担う経営者としての第一歩となるのです。


“次回(第2回)”は、「作ってももうからない」の正体として、私たちが直面する具体的なコスト問題、特に「どんぶり勘定の限界」や「見えないコスト」の危険性について、さらに深掘りしていきます。

執筆者情報

株式会社ユニリタ アグリビジネスチーム

株式会社ユニリタ
アグリビジネスチーム

ユニリタのアグリビジネスチームのメンバーが執筆しています。

日々、さまざまな農家さまにお会いしてお聞きするお悩みを解決するべく、農業におけるデータ活用のノウハウや「ベジパレット」の活用法、千葉県に保有している「UNIRITAみらいファーム」での農作業の様子をお伝えしていきます。

お問い合わせ

ベジパレットに関するお問い合わせは
お気軽にお寄せください。

無料トライアル

ベジパレットの全ての機能を
無料で3カ月間お試しいただけます。

詳しい資料

ベジパレットの活用方法やユースケースがわかる資料を無料でダウンロードいただけます。